上尾・八王子などで人気のヘアサロン デュアプレ

日本美容師選手権2連覇の実績を持つデュアプレ代表 多田亜樹博が
美容師を目指しデュアプレを立ち上げた切っ掛けを
インタビューしました。

友人の一言で美容の道を選択

高校時代は、初めて観に行ったバイクレースに感動し、サーキットライセンスを取得してアマチュアレースにはまってました。そのまま高校卒業後もレーサーを続けようと思い、レースはお金がかかるので、昼間は土木作業、塗装、解体、トビ職・・・など様々な職種では30種以上の仕事をしてお金を集めていました。

そんなある日父親から”将来、家族を持って生活するには手に職を持て。カナダに行って住宅の勉強をしてこい”と諭され、留学を決意しました。でも結局、情勢の悪化で留学は取りやめになってしまって・・・レースを続ける事になったんです。

でもそんな時に、僕がロン毛の友達に「髪を切ってきたら?」と言ったら「じゃあ、美容師になってオレの髪を切ってよ」と普段の会話で(友達)言われたのが、実は僕が美容師をやってみようと思ったきっかけなんです。30種以上の職を経験していた僕にとっては、「よし、美容師やるか」と簡単な気持ちで始めました。でも全くヘアスタイルに興味がなかったので、同級生のおしゃれな子に電話をして、福井で一番おしゃれな美容室を聞いて、そこで働こうと思ったんです!

当時美容学校は1年制だったため、20才になった時、僕は先輩よりも年上なのに技術もなかったんです。そんな環境だからこそ、周りを抜いてどんどん立場を上にしていこうという気持ちになっていました。美容師免許は入社後に通信で取得しました。特に強い思いもないまま美容師を続けていたある日、人生の転機になる大きな出来事があったんです。

日本一の美容師を目指して東京へ

ある日、僕の姉が交通事故を起こしてしまって。僕が病院に急いで向かったその翌日の朝方、姉は亡くなりました。それから1ヶ月はなにもやるが起きなくて・・・様々なことを考えていました。その中でも、姉が事故を起こす1週間前、姉が僕に言ったことがとても印象に残っていました。「80%の人間は自分の人生こんなはずじゃなかったと死んでいく。お前はそんな死に方するな。私は東京に行って日本一になる」という言葉でした。最終的に姉の代わりに自分が東京に出て美容で日本一になろうと決意したんです。

福井でお世話になっていた美容室のオーナーに東京行きを相談したところ、「中途半端な技術では無理。一年間俺が知っているカット技術を教えるから本気で覚えろ。1年後気持ちが変わらなかったら送り出してやる。」と温かい言葉をもらい、ダラダラ続けていた日々に別れを告げて本気で取り組むようになりました。「日本一」への気持ちは、1年後も変わらず、オーナーの紹介で東京の有名店に入社しました。

日本一を目指して東京へ
でも挫折の連続でした

せっかく紹介してくれたお店の方針が合わず辞める事になってしまいました。福井から出てきたこともあって方言が出るのが恥ずかしくて2ヶ月間は誰とも話をしませんでした。それでどんどん頭がおかしくなってきて、「とにかく髪を切ろう、髪を切らないとダメだ」と思って、下北の夜中の路上で髪を切る事にしたんです。

「美容師なんですけど、髪を切らせてください」と2ヶ月間。寒さと、立ち止まってくれる人もいなくなり心が折れていきました。着るものも住まいもまともな生活ができなくなり、福井に帰ることを決めました。福井に帰る前に気になっていた美容師に髪を切ってもらおうと思い立ちました。美容室の担当者に今までの経緯を話していたら「社長に頼んであげる」と引き受けてくれて、面接。そのお店に入社することができました。しかし社長から「通常3年くらいかけるカリキュラムを1年でクリアしろ」という条件をつけられました。それからは営業中と睡眠2時間以外は全て練習。クランプもなかったので、家では足でウィッグを挟んで練習していました。約3日に1回試験にクリアしていく方法を見つけ出して練習していきました。最終的にはクリアできたのですが、意識が朦朧としてくる中、もはや身体におぼえさせてる状態でした。半年でクリアしたものの、デビューはできず、ヘアメイクをする先輩のアシスタントとして半年就くことになりました。その後新しくできたお店のオープニングメンバーを勤め、スタイリストとして参加しました。最初はフェミニンなスタイル作りができずに、マスターするまで時間がかかってしまいました。スタイリストの友人と技術を競い合ったこともあり、毎月の売上もどんどん伸ばすことができました。そんな時日本一を目指す僕にチャンスが来たんです。

日本一2連覇達成。次なる目標へ

日本一のチャンスが訪れたのは2001年「テレビチャンピオン」。本来は先輩に振られた仕事でしたが、手を挙げて出場を志願しました。最終的にチャンピオンの座を獲得し、翌年も出場をして同じくチャンピオンになりました。その後勤めていたお店を退社し、スター選手が揃っているお店を作りたいという思いから新しくお店をオープンしました。順調にスタッフも商品も発売し、2007年の秋に「サロンデュアプレ」として新しい商品を出すことになり「Deapres」という店名に変えました。サロンを大きくしていく中で、経営者とプレーヤー両方をすると実現が難しいと考え僕はプレーヤー兼プロデューサーという役割で全国展開をし、教育や裏方、発信する子達を育てる側に回りました。黒髪に必要なのは毛量調節で、現場では欠かすことができないものです。この毛量調節のベーシックを広めて全国で共有できるものにしたい。極端にいえば国家資格になるようにするのが僕の目標です。

ご予約は下記サロンの電話番号またはホットペッパーから受け付けております

八王子店
042-620-8085
上尾店
048-788-1920
センター南店
045-530-3501
ひばりが丘店
042-439-3606
相模原店
042-707-1760
アイラッシュ相模原店
042-707-1760
名古屋店
052-879-2511
石巻店
0225-23-0876